デーヴ旅行記

ドイツ・チェコ・ポーランド10日間(9日目ペルガモン博物館10日目アレッポへ帰国)(by みーままさん)

デーヴ
9日目 ワルシャワ発7:35(EC46)・・・ベルリン・ハウプトバンホフ着13:27
    ぺルガモン博物館見学、ハケンシャーホフ、ベルリン市で買い物
10日目 ベルリン・シェーネフェルト空港発13:20・・シリア・アレッポ空港着19:30

10日間の旅も9日目・・・あと2日間を残すだけに成ってしまいました。
今日はポーランド・ワルシャワから特急電車でベルリンに行きペルガモン博物館を見学、
其の後ハッケシャーホーフ、クーダム通り、カーデーヴェーデパートでショッピングの予
定だったのが・・・・・

【旅行時期】2009/09/04~2009/09/13
【エリア】ベルリン
【テーマ】
【投稿者】みーまま

2009年5月 ベルリンで可愛い雑貨を探す旅 【1/4】(by kicoさん)

デーヴ
旅のきっかけは、「旅 3月号」のベルリン特集を読んでから。
とぼけた味わいが魅力的なDDRの雑貨、どこか陰鬱で来る者を拒むかのように屹立する社会主義の建物群。おっしゃれーな写真とともに雑貨ショップが巻末マップ付きで丁寧に紹介されていて、デザイン好き、キッチュな雑貨好きな者にとっては、これは行かねば! という気にさせてくれます。

ベルリンの蚤の市で東ドイツの雑貨探したいなー、大好きなテレビ塔もこの目でみたいし上りたいなー、古い切手もいっぱい買いたいなー。 ということで、今年のGWはベルリンに決定。
ルフトハンザと観光に便利なミッテ地区のホテルを早々に手配して、夫と二人でニヤニヤ。
わずか5日間の内、フルで満喫できたのは3日間だけというやや無理めな日程でしたが、初めてのベルリンを満喫してきました。

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空港
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テーゲル空港案内
  • http://www.berlin-airport.de/DE/ReisendeUndBesucher/AmFlughafen/Terminalplan/TXL.html


  • フランクフルト国際空港
  • http://www.frankfurt-airport.de/cms/default/rubrik/23/23311.airportcity_de.html


  • ミュンヘン国際空港
  • http://www.munich-airport.de/en/consumer/index.jsp


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    ホテル
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    泊まったホテル/NH ベルリンミッテ
  • http://www.nh-hotels.com/


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    交通
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    鉄道路線図(PDF)
  • http://www.s-bahn-berlin.de/pdf/s_bahn_netz.pdf


  • BVGベルリン市内交通
    Sバーン、Uバーン、トラム、バスなどの路線図がダウンロードできます。
  • http://www.bvg.de/index.php/en/Bvg/Start


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    観光
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    Berlin Tourism(日本語版)
  • http://www.visitberlin.de/japanisch/index.php


  • DDR博物館公式サイト
  • http://www.ddr-museum.de/


  • ベルリン動物園公式サイト
  • http://www.zoo-berlin.de/


  • ベルリンテレビ塔公式サイト
  • http://www.tv-turm.de/


  • ソニーセンター公式サイト
  • http://www.sonycenter.de/aw/
  • ~a/Home/?lng=en

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    お役立ち
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    ドイチェポスト
    最寄りの郵便局が検索できます。
  • http://www.deutschepost.de/dpag?xmlFile=828


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    ショッピング
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    カーデーヴェー Kadewe(高級デパート)
  • http://www.kadewe.de/


  • ギャラリー・ラファイエット Galeries Lafayette(高級デパート)
  • http://www.galerieslafayette.de/


  • ガレリア・カウフホーフ GALERIA KAUFhoF(デパート)
  • http://www.galeria-kaufhof.de/sales/aktionen/catdetail.asp


  • アレクサ ALEXA(ショッピングモール)
  • http://www.alexacentre.com/


  • アルカーデン Arkaden(ショッピングモール)
  • http://www.potsdamer-platz-arkaden.de/de/seite/home.php


  • エデカ EDEKA(スーパー)
  • http://www.edeka.de/EDEKA/Content/DE/Home/index.jsp


  • プリュス Plus(スーパー)
  • http://www.plus.de/de_index.html



  • ハッケーシャーマルクト hackescher-markt.de
    ハッケーシャーマルクト周辺のガイド。マップが充実してます。
  • http://www.hackescher-markt.de/


  • トリッペン ドイツ公式サイト
  • http://www.trippen-shoes.com/


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    おもちゃ/雑貨
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    シュライヒ Schleich公式サイト
    販売しているお店が検索できます。
  • http://www.schleich-s.com/index_de.php?lang=1


  • プレイモービル playmobil公式サイト
    見ているだけで楽しい。
  • http://www.playmobil.de/


  • アンペルマンショップ公式サイト
  • http://www.ampelmann.de/


  • エス・ヴェルト S.Wert
    東独デザインのセレクトショップ
  • http://www.s-wert-design.de/


  • アウスベルリン ausberlin
    ベルリンらしい雑貨のセレクトショップ
  • http://ausberlin-shop.de

  • 【旅行時期】2009/05/01~2009/05/05
    【エリア】ベルリン
    【テーマ】ショッピング
    【投稿者】kico

    いつか見た映画のような旅 ~聖山「プノンクーレン」の秘められた遺跡を探る~(by クロマーさん)

    デーヴ
    いつか見た映画のような旅
    ~聖山「プノンクーレン」の秘められた遺跡を探る~

     捲土重来。アンコールの歴史を肌で感じ、資料を読み解いていくと感じる言葉。アンコール王朝の系譜の始まりとなり、東南アジアに新しい地図を創り出すために生を受けた王「ジャヤヴァルマン2世」。神が光臨し、彼と共にクメールの独立を宣言した聖なる山は、王朝の滅亡と共に深い眠りに就いていた。


    -1日目 午前 シェムリアップ~プノンクーレン山頂(東南部)
     珍しいこともあるものだ。寝起きの悪い僕がスッと目を覚ました。自分では気付かないうちに、胸が躍っているのだろう。バッグに、蚊帳と雨具、カメラと予備のバッテリーを詰め込み、待ち合わせの場所へと向かう。今回の旅の目的は、アンコール発祥の起源となった聖山、プノンクーレンに眠っているという50以上の遺跡群を見つけ出すことだ。

     いつも通り、行き当たりばったりの旅である。出来るだけ時間のロスをなくし遺跡の詳細を知るためにと、一週間ほど前からクメール人の同行者を探していた。「山で寝泊りし、遺跡を探す」そう伝えると皆及び腰となり、無碍もなく断られていた。皆、聖なる山に伝わる噂*1を恐れているからだと言う。出発日前日となり、やっと同行者が見つかった。待ち合わせ時間より少し早く来ていた彼は、安いタバコをふかしながら僕を待っていた。
     
     雨季に入ってまだ間もない。それほど雨が降る時期でもないため、さほど気にしていなかった天気だが、快晴となりそうだ。日の出ツアーから帰って来る大型バスとすれ違いながら、途中まで舗装された道路を走り抜けると、人懐っこい子供達が手を振ってくる。赤土が舞う道へと入るとすぐにプノンクーレン入場口へとさしかかった。入場料を支払い、曲がりくねった山道へと入る。二つ目の角を曲がると巨大な岩の前に祠が建っている。聖なる山に棲む精霊を祀っているのだろうか。30分ほどかけ山頂の村、プレアアントムへ到着した。
     
     プノンクーレン。内戦時代には、ポルポト派により支配され、多数の地雷が埋められた。未だ完全に撤去されてはいないという。一般観光客の公開が許可されたのも1999年。ポツリポツリと入山する者が出始めてから十年と経過していない。観光客もさほど居ないため、きちんとしたレストランがある訳でもなく、宿泊施設などはもちろん無い。

     小さな屋台が軒を並べ、のんびりと開店準備を始めている。山の一日の始まりだ。屋台前には山専門のバイクタクシーが客待ちしている。内戦前にフランス人研究者が書き留めた簡単な地図のコピーを見せながら、彼らに今回の目的を伝える。片言の英語も話せないが、一番物知り顔なおじさんを案内人として選んだ。宿が無い旨を伝えると彼の家に泊まらせてもらえることとなった。
     
     車一台がやっと入れる道を進み、穴の開いた木の橋を乗り越えながら山奥に少し走ると、アンロントムという小さな村へと辿り着く。村の入り口に構えた彼の家は、近くに建つ他の家と較べると少し裕福そうな造りだ。手作りの木の柵を抜け、クラクションを鳴らすと、子供達が笑顔で飛び出してきた。案内人を中心に母と嫁、娘四人と仲の良さそうな7人家族だ。簡単な自己紹介の後、あてがわれた部屋に荷物を置く。さほど物の入っていないバッグからさらに荷物をとき解くと、すぐに出発した。

     10分ほど走る。急にバイクを止めたかと思うと、道路脇にある小さな空間へと歩く。ふと見ると、猿のような動物が刻まれたシーマ石*2がポツリと佇む。さっそく一つ目の遺跡が現れた。少し離れて写真を撮ろうと、森へ踏み込む。案内人が声を上げ、指差した先には、地雷撤去団体が残したドクロマークがある。この近くにも地雷が埋まっているのかもしれない。 

     飛び出している小枝、覆いかぶさる大木をかいくぐり、先へ先へとバイクを走らせる。しばらく走ると道路が途切れた。ポルポト兵により爆破されたそうだ。現在は人一人歩けるほどの小さな木の橋が架かっている。バイクを停め、山の奥へと入りこむ。人々から忘れ去られ、眠り続けている多くの寺院までは徒歩でしか近づくことは出来ず、山に住む人々のみ安全な獣道を知っている。

     案内人が道沿いに伸びる植物の実を採り、おいしそうに口へと運ぶ。同行人に勧められ、ためしに食べてみると少し苦かった。

     40分ほど歩くと、森の中から大きな寺院が現れた。クロバイクラップ寺院*3。鬱蒼とした空間にひっそりと佇むレンガ造りの寺院には、みっちりと草木が絡みついている。中に入ると、地面は掘り返され大きな穴が開いている。ここで等身大のヴィシュヌ神像が発見されたという。少し崩れた塔の頂点部からは小さな光が差し込んで来ていた。

     停めていたバイクまで戻り、少し北上すると、チュレイ寺院へと到着した。レンガ造りの寺院は上部が崩壊しており、地面に転がっているリンテル(まぐさ石)には剣と盾を持った戦士がきれいに刻まれていた。さほど遠くない場所には、真っ二つに割れたネアックター寺院もある。巨大な木が倒れてきたようだ。

     思ったより遺跡は密集して建造されている。さらに少し進むとアンロンバラン*4へと到着した。ここにはクメール時代の窯跡があり、多くの割れた陶器が無造作に転がっている。以前は綺麗な物も多くあったそうだが、貧しい村人が生活のために売り払ったり、心無い観光客が持ち帰ってしまったりしたという。


    -1日目 午後 プノンクーレン山頂(プレアアントム村、東南部)
     お昼を大きく回り、屋台の並ぶ少し大きめの村へ向かう。注文した地鶏の串焼きは、ゆっくりと炭火であぶられ、こんがりと焼けている。案内人が少し遠慮気味に串焼きに手を伸ばす。買ったばかりの冷たいコーラを差し出すとニカッと笑った。
     ゆっくりと食を楽しむ二人を残し、近くにあるプレアアントム寺院へ登る。垂直に切り立つ天然の巨岩の上部には、まるで小鳥の巣箱のように、小さな小屋が建てられている。内部には岩を削って造られた10メートル近くの涅槃像がある。16世紀に造られたという像は人々の信仰の対象となり、僧侶はもちろん、多くのクメール人達が祈りに来ている。

     涅槃像のある巨岩を降り、岩肌に囲まれた奥の細道を歩く。「山で獲れた猪の牙だよ。掘り出したばかりの彫像だよ」中年の女性が、声を張りあげる。本物か贋物か分からない珍品を横目に先を急ぐことにした。
     
     まだまだ先は長い。屋台のハンモックでウトウトし始めていた案内人を起こし、次の遺跡が集まる地域へと向かう。少しスピードを上げながら森を駆けていると、晴れた空から雫が落ち始めた。狐の嫁入りだ。

     雨宿りを兼ね、近くのコーチャン遺跡へと向かう。小さな獣道だ。繁みをかき分け突き進むと、巨岩が屋根のように覆いかぶさり、半分土に埋もれたリンガ台が姿を現した。周りの岩には、深く刻みこまれたヒンドゥーの神々とバラモン僧達が列をなしている。千年以上の間、ずっとこの空間を守り続けてきたのだろうか、ほんの束の間の小雨の中、神聖な空気に包まれていた。

    再び快晴に包まれた。いくつかの小遺跡を見つけ出し、少し日が落ち始めた頃、クーレンの滝で今日一日の汗を洗い流した。

     村の屋台へ向かう。売れ残っていた焼き魚と焼き鳥、それに飲み物を数本買い込む。プップッププー。夕日の中、案内人がクラクションを鳴らしながら家に戻ると、家族みんなが家から飛び出て迎えてくれた。ろうそくの明かりを頼りに皆で一つの皿をつつく。8時を少し回った頃には、ろうそくも消え、皆蚊帳の中へ包まれていった。 


    -2日目 午前 プノンクーレン山頂(北部、クーレン滝、千本リンガ周辺)
     山の朝は早い。鶏が鳴き始め、太陽が昇り始める頃には子供達の声が聞こえ始める。電気の無い人々の生活は太陽と共に一日が始まり、終わっていく。
     蚊帳越しに太陽の光が差し込み始めた。もぞもぞと蚊帳から這い出し、少し冷たいが新鮮な山の空気をぞんぶんに体に取り込んだ。

     さあ出発だ。村近くにある幾つかの小さな寺院を周り、少し離れた遺跡へと向かう。砂まみれの道路を抜け、バイクを停めた。案内人が急坂を黙々と登って行くと、見通しのいい崖の上に寺院を見つけた。プラサットクロホーム寺院。紅い寺院という意だ。塔上部は崩れ落ち、内部に残されたリンガは落ちてきたレンガで埋まっている。寺院から伸びたマカラ*5の排水口はきれいに残っていた。

     朝からまだ何もお腹に入れてない。少し遅めだが、空腹を満たすために滝近くの屋台へと向かった。ふと見ると多くの僧侶達が巡礼に訪れており、豪快な音を発しながら流れ落ちる滝をのんびりと眺めていた。

     滝の上流へ向かうと、川底には「千本リンガ」と呼ばれる彫刻群が所狭しに刻み込まれている。数多くの神々、リンガ等のレリーフの上を流れる事により、ただの山水が聖水と化す、そう信じられている。清められたその水は長い道のりを経て、やがて人々の住むアンコールの街へと流れ込んでいく。


    -2日目 午後 プノンクーレン山頂(西南部)
     さあ、もう一踏ん張りだ。山頂の小道を一気に南下していると、森の中をオレンジの袈裟を纏った僧侶が、両手にいっぱいに薪を抱えて歩いている。ゆっくりと追い越し少し走ると、洞窟寺院「ルーンプロチウ」へ辿り着いた。真っ暗な洞窟を覗き込むが、2メートル先はもう闇に覆われている。さき程追い越したばかりの僧侶が現れ、発電機を回すと、洞窟内に明かりが灯った。50メートル程あるかないかの洞窟へ入るといくつもの祭壇がある。聖なる山に棲む神々や精霊、命を落とした兵士達に供物を捧げているのだろうか。

     新緑の木漏れ日が気もちいい。洞窟から少し歩くと小さな木製のパゴダ(新しく作られた寺)がある。人気は無いが、きちんと手入れが施されている。脇に伸びる小道を少し降ると、突然目の前に巨大な象が現れた。「スラードムライ」だ。実に大きく、威風堂々と佇んでいる。大小様々なアンコール遺跡を見てきた自分が、いつも以上に興奮しているのが分かる。象のすぐ傍には、天を望むかのように、どしりと腰を下ろしている巨大な獅子達が群れを成している。この閉ざされた空間は、選ばれたものしか寄せ付けない神聖な空気を放っているようであった。

     太陽が傾き始める。森の中では暗くなるのも早い。さほど遠く場所にあるという、もう一つの象の彫像「ドムライクラップ」を探しだすため、山の奥へ、奥へと踏み込んでいく。しばらく歩くと、ひっそりと寂しそうに佇んでいるその像を発見した。遠くから見る後姿はまるで、いつか帰ってくる主人でも待っているかのように美しい。少し乾燥した苔が夕日に照らされ、黄金に輝いていた。


    -3日目 午前 プノンクーレン山頂~山麓西南部
     予備のバッテリー残量が半分を切っている。そろそろ山を降る頃か。案内人とその家族にお礼と別れを告げた。一度山を降り、小さなパゴダ「ワットプノンコムノップ」へと向かう。ここには後世に造られた、大きな亀の彫像があり、すぐ傍には枯れることのないという、聖なる水が湧き出していた。

     同じクーレン山に造られた寺院だが、登り口が違う遺跡は多い。ここから辿り着く山上寺院「プラサットホブ」までは1時間程の険しい道だ。山頂から見渡すと未開の大地が広がっていた。


    -3日目 午後 プノンクーレン東部ベンメリア近く~シェムリアップ
     次の遺跡までは、クーレン山を大きく迂回しなければならない。一度ベンメリア遺跡へと抜け、再びプノンクーレン東部の岩場へと向かう。

     のんびりとした村を抜け、小さな石の転がる急坂へと差し掛かる。段差の激しい細い道だ。バランスをとりながらゆっくりと登って行く。周囲を眺めると大きな奇岩がゴロゴロと転がっている。まるで森に生えている茸のようだ。一際大きな岩へと辿り着くと小さな祠がある。プーンコムヌー遺跡だ。大昔には一つの巨石だったのだろうか。真ん中から二つにスパッと割れている。長い年月の間、雨に晒されてきたのだろう。岩の表面は滑らにきれいな曲線を描いている。両面に向かい合うように、ガネーシャ神*6と、夢を見るヴィシュヌ神*7が彫刻されている。

     巨岩の裏には両脇にシンハ(獅子像)を従え、剣を携える神々と、バラモン僧達が刻まれていた。

     クーレン山に覆いかぶさる様に太陽が沈み始め、空の色は淡い朱色へと変化を始めた。遠いアンコール時代の幻想に浸りきった時間から、現実世界に戻る時が来たようだ。最後にゆっくりと、神々の彫刻を眺めていると、若い僧侶が現れた。声を掛けると照れくさそうに笑って去って行った。


    * 1 山上には多くの精霊が棲んでおり、気付かないうちに彼らの気分を損ねると下山後に大きな災いを受けるという。噂を信じない者でも、内戦時に埋められた地雷の恐怖から、また毒蛇や毒蜘蛛などの存在から山での滞在を嫌がる。

    * 2 石に囲まれた空間は聖域とさ、悪い神は入りこむことが出来ない。結界石。

    * 3 その地に住む案内人曰くクロバイクラップだが、残された地図ではドムライクラップとなっている

    * 4 アンロンバランは、トノーメレイ、リンポウクリエイなどとも呼ばれる窯跡。現在上智大学が調査を行っている。陶器が散乱していますが、絶対に持ち帰らないようにして下さい。重罪に罰せられます。

    * 5 水の神の乗り物とされる神獣。上半身が象、前足は猫、下半身は魚。

    * 6 象の頭で人間の体を持つ神。学問、繁栄の神とされる。

    * 8 ヒンドゥー教の宇宙創造神話。大海に横たわり、まどろむヴィシュヌ神のへそから蓮の花が咲きだす。その花からは宇宙を創り出す神ブラフマーが誕生したという。

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    注意: 山中には地雷が残っており、毒蛇、毒蜘蛛も生息しています。信頼できる旅行会社を通して観光する事を強くお勧めいたします。また本誌内容は、参考程度としてご利用下さい。観光に関しては完全自己責任となります。

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    プノンクーレン国立公園 (37,500ヘクタール) 
     外国人入場料20$。カンボジア人入場料2000リエル(約50セント)
    果物のライチの意。シェムリアップから北東部、約60kmの地域にある高さ461mの聖なる山。アンコール時代には「マヘンドラ(インドラ神)の山」とも呼ばれた。当時の宗教(ヒンドゥー教)上の意味合いでは、プノンクーレンはヒマラヤ山脈を、シェムリアップ川はガンジス川を象徴していたとされる。

     802年にアンコール王朝の創始者である、「ジャヤヴァルマン2世」が即位式を行い、以来15世紀までの約600年に及ぶ王朝史の幕を開いた場である。昔からクメールの人々にとって、神が光臨した神聖なる山として崇められ、現在でも巡礼の場となっている。

     「ジャヤヴァルマン2世」8世紀末、小国に分裂して弱体化し、ジャワの宗主権下にあったカンボジアをジャワの支配から開放した。激しい戦乱の世で、武力を使わずにチェンラを統合し、アンコールの歴史を作り出した偉大なる王であったとされる。

     彼は、ヒンドゥー教の大賢者を国に招き、プノンクーレン山頂にて「デーヴァ・ラージャ(神王崇拝)」儀式を行い、現人神となる。この儀式により、王の地位は親族にのみ、受け継がれることとなり、彼の子孫は広大な領土を持つ強大な王国を築きあげていった。


    【旅行時期】2007/08/17~2007/08/19
    【エリア】シェムリアプ
    【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
    【投稿者】クロマー

    国宝級超重要保護森林に眠る古代遺跡 リティガラ遺跡群(by ゆみ&タカさん)

    デーヴ
    さて、今回はわがスリランカ現地旅行会社キングツアーズ陣が現在国内で最も興味を抱いている遺跡、世界遺産アヌラーダプラとポロンナルワのちょうど中間点に所在する、標高572mの不思議な、不思議な山中に潜む「リディガラ遺跡群」についてご紹介いたします。
    ここはガイドブックなどにはほとんど土台の一部しか残されていない崩れかかった遺跡のように紹介されておりますが、現在考古学局などの政府関係機関が発掘を進めたくても森林局の許可が絶対下りないというのが現状なのです。その理由はこのリティガラは遺跡の重要性はさることながら、この地域一体の森林自体が世界遺産候補に上がっている国のStrict Natural Reservers(厳重森林保護区)に指定されているのです。と言いますのも、この地域は国の乾燥地帯に属する位置に所在するのですが、指定地区内に湿潤森林植物、乾燥森林植物、高地(山岳地帯)森林植物の3種類が共存していること、そして、現在スリランカ国内で確認されている数え切れないほどのアーユルヴェーダ薬用ハーブの全てが生育しているということなのです。このようなミステリアスな森林はスリランカ国内でもこのリティガラのみ。重要森林を手付かずのまま残すために、遺跡発掘は見送るより他に手がないのです。
    さてさて、実際足を運んでみると……このリティガラには交通の要所であるハバラナからアクセスするのが一番早いのですが、道中は文字通りの未開のジャングル。うっそうと覆いかぶさる緑の中、赤土ぼこりの舞い上がるたった一本の未舗装道を進んでゆくこと約1時間。目前に現れた未修復のままの石の階段を上っていくと森林管理オフィスの建物に行き着きます。そこを通過して森林内に足を踏み入れてみると、以外にもウォーキングメディテーション(歩きながらの瞑想)に使用されたといわれる石の通路は完璧な形で現在もその役割を果たしています。その通路に沿って歩きながら、点在する様々な建物遺跡を見学していくのですが、何を見ることができるのか予想ができないほど生い茂る木々、通路からは何も見えない、どこにあるのか分からない遺跡の数々が、インディージョーンズのようなアドベンチャー気分を盛り立てて、どんなことが待ち受けているのかと胸が高鳴ってくるのです。今まで世界中のたくさんの遺跡を見て回った私も、こんな胸の高まりを感じたのはこのリティガラが初めてでした。
    このリティガラの歴史はまだはっきりと解明されていないことがほとんどなのですが、この1528ヘクタールほどの保護地区の中に365の建物遺跡があり、また、72の住居、または、僧の修行などに使用された石窟があると言われています。歴史の起原は紀元前5世紀に始まった第一王朝であるアヌラーダプラ王朝の歴史よりも遥かに古く、紀元前5000年ごろよりスリランカに住み着いていたヤクサ民族とナーガ民族のうち、ヤクサ民族とこの地域は深い関係があったといわれています。この地が歴史の表舞台に登場するのが王朝をアヌラーダプラに遷都した第4代王パンドゥカバヤ王(BC437-BC367)の即位前の戦争です。彼は対抗勢力であるおじ8人に対抗するためここに陣を構えました。その後、仏教伝来時の王、デーヴァーナムピヤティッサ(BC307-BC267)により大臣であった高僧アリッタに寄与され、僧の修行の場としてのリティガラの歴史がスタートしたといわれています。その後は修行の地として瞑想場、聖殿、住居、台所、病院など、彼等の生活に必要な施設が次々に建設され、一大仏教コンプレックスのような地区になりました。また宗教的に重要な役割を果たしたばかりではなく、首都が南インド勢力に占領されたり、国内紛争が発生した場合、ここは王朝の避難場所、また、首都奪回の際の天然の要塞を兼ねた本陣、基地となり、軍事的にも重要な役割を果たしたといわれています。
    現在、発掘が完了し、保存状態のよい様子で見学できることができるのは聖堂跡、瞑想場(ウォーキングメディテーション、シッティングメディテーションの場など)、休憩場、図書館、病院、会議室、トイレ(完璧な水洗トイレです)などです。このうち、病院や図書館などは特に保存状態が良く、当時の建設テクニックの素晴らしさにうなづかずにはいられないほどです。その他、地区内広範囲に遺跡群を見学する場合は政府森林局、または、考古学局への事前問い合わせ、許可を得なければいけないのですが、これらを得るのはそう難しいことではないそうです。そこでゆみ&たかさんの目がキラリ。全部の遺跡を見て回るのには1週間ほどの日数が必要とされるほど偉大な、偉大なこのリティガラ遺跡なのですが、今にチャンスを得てこの不思議な森林遺跡を思う存分散策してみたいというのが目下の目標です。
    ご旅行中、文化三角地帯で少々お時間が取れる方、半日ぐらいあればその雰囲気を感じられる部分、一般公開されている遺跡群は見学可能です。この重要森林に潜む珍しい遺跡群、ご見学に足を運ぶ価値は大です。

    【旅行時期】2007/09/29~2007/10/05
    【エリア】その他の観光地
    【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
    【投稿者】ゆみ&タカ

    高地で生活する人々(by 早島 潮さん)

    デーヴ
     カトマンズ、ポカラ、ペワ湖

     朝早くホテルを出てカトマンズ空港へ行き30人乗りのヒマラヤ遊覧小型飛行機に乗り込んだ。前の方の窓側の座席が空いているのでこれ幸いと座り込んだが、窓外を見ると丁度翼の上に当たるところで見晴らしがよくないことが判った。しまったと思ったがもう遅い。条件の良い席はその間に全部ふさがってしまっている。

     それでも視界が狭かったにせよそれなりに雪に覆われた山々を近くから眺めることができ、今回山を見ようと思って参加した目的の一つは達成することができた。運が悪く雨でも降ろうものなら遊覧飛行もできなくなる可能性があっただけに、天候に恵まれたことを感謝すべきであろう。


    似たような高い山が沢山あるので、目当てのエべレストがどれかなかなか判らなかったが、教えられてエベレストをなんとか目近に観察することができ視線を凝らして眺め続けた。エベレスト以外の山はどれがどれだか判らずじまいで1時間程の遊覧飛行は終わってしまった。


    遊覧飛行を終えて一旦ホテルへ戻り、近回りを歩いてみたがカトマンズはとても薄汚い町だという印象しか残らなかった。自然発生的に時間をかけて発展してきた町だということは理解できるが、再訪したいという意欲を起こさせる町ではない。

     荒れ果てたヒンズー寺院を通りがかりにみかけたので構内へ入って見学した昔は学僧達が修業のために寝泊まりしたと目される宿坊は貧民窟化しているし構内中央に建っている塔も手入れが施されずに荒れるに任せていた。住民の汚い毛布や布団が階段に日干しされていたりして、昔の栄華を思うと哀れさを感じた。


    また通りを歩いていると川淵の広場に人が集まって調理をしている場面を目撃したので、近寄って行き観察した。鶏をつぶしたものを大きな釜で茹でていたり、野菜を刻んでいたりした子供が豆の皮をむくのを手伝っている。多分街中の屋台か出店で売るための下ごしらえをしているものと判断したが、不衛生極まりない調理方法であった。川原では女達が食器を洗ったり洗濯をしていた。

    午後からカトマンズ市内のスワヤンブナート、ダルバール広場の見学に出かけた。スワヤンブナートは小高い丘の上に立てられたネパール最古の仏教寺院と言われており、仏塔の側壁に仏の目が描かれていて珍しい建物である。カトマンズを訪れた観光客は必ず訪問するといわれている史跡である。敬虔な仏教徒達が線香と蝋燭を備えている姿がそちこちに見られた。ここからはカトマンズの市内が一望できるロケーションである。   


    ダルバールとはネパール語で王宮という意味であり、この広場を取り囲むようにして宮殿や寺院が立ち並んでいて、参詣人や観光客やこれを目当てにした物売り達で賑わっている。ここにある建物はハヌマン・ドカ(王宮)、シヴァ・バールヴァティー寺院、シヴァ寺院、ナラヤン寺院、一本の大木から建てられたと言われるカスタ・マンタブ寺院、クマリの館等で、いずれも見事な彫刻と装飾が施されている。

     ヒンズー教では人間の生殖器官と生殖行為を神聖視し崇める風習があり、男女交合の多様な体位を彫刻で表現しているものもあって、エロティックアートとして人気を集めている。


    ここで一寸珍しいと思ったのはクマリの館である。クマリとは生き神のことで、由緒ある家柄の幼女達の中から選びだされた初潮前の利発な聖女である。クマリには大女神ドルーガやネパール王国の守護神タレジュ女神または密教女神ヴァジラ・デーヴィーが宿ると信じられている。クマリに選びだされた幼女は両親の元から離されてこのクマリの館に住み込み、僧侶や付き添いの老女達に神としての振る舞い方を教えこまれ、人々の病気平癒や願望達成の祈祷を行いかつ国の運命に関する予言を行う。

     インドラ・ジャトラの大祭には町を巡り、邪気を払い人々に繁栄と成功の力を与えるのである。我々が見学している時、クマリが窓から顔を見せて人々に祝福を与える日例行事の時間帯に丁度居合わせて、ほんの30秒程顔を拝むことができたが、固く禁止されているので写真の撮影はできなかった。 宗教色がいまだ日常生活に根強く残るネパールらしいクマリの館での出来事であった。


    早朝ホテルを出発して約200キロメートルの旅程を6時間の予定でポカラへ向かった。昨夜まで元気であったY氏一家3人家族の長男が食あたりで激しく発熱したためこの一家はホテルにそのまま留まって静養し医師の往診を受けることになった。旅先では生水は飲まず、野菜サラダ等も食べないよう用心しているので小生は今まで食当たりで困った経験はないが、同行者の中にこのようなケースが発生すると人ごとながら心に痛みを覚える。
    市場の写真 
     今日は移動に殆ど終日を費やすことになるが、車窓に移り変わってゆく風景を眺めているのもまた楽しいものである。観察した路線の風景で特色のある場面を書き抜いてみると

    1.道路沿線に立ち並んでいる建物には樋がなく、屋根から長さ30cm程度のパイプが数本間隔を置いて路面方向へ突き出していること。雨のときには屋根に溜まった雨水がこのパイプから路面へ排出されるのである。

    2.路線沿いに開けている集落には共同水道と流し場が一定の間隔で設置されていて貯水用の容器に水を注入している女性や盥やバケツに水を汲んで選択をしている女性達が見られること      

    3.道路を往来している女性は赤色系の原色の衣装を纏っている人が多いこと

    4.川があると川辺で洗濯をしている女性の姿をよく見かけるし、水浴をしている男や子供達をよくみかけること。

    5.水入れ容器や農作物を入れた籠を背負って歩いている人々は紐を肩にかけるのではなく、頭の頂上へかけていること。そして歩く姿は俯いた形になっていること。また荷物を頭の上に乗せて歩いている姿もよく見かけること。

    6.道路端に立ち並ぶ民家(農家と目される家が多い)には軒先に小さな陳列棚を並べて飲食物を売っているものが多く、並べられている商品はコカコーラや袋入りのスナック風のものが多いこと。陳列してあるコーラやジュース類は日焼けして変色していたりする。こんな辺鄙なところでお客があるのかなと思えるような山中でもこのような店をよく見かけること。

    7.谷間ではいわゆる猫の額程の段々畑が「耕して天に至る」感じで「千枚
    田」として広がっていて、ここにアジア的集約農業の典型を見る思いのすること。

    8.農家の庭には藁がこんもりと円錐状に積んであり、その下には牛等の家畜が繋がれていること。

    9.新緑の季節で木々の梢からは緑が今を盛りと萌えだしていて、生命の躍動感を覚え、わくわくするような景色が続いていること。



    ポカラ市内へ到着し遅い昼食を済ませてからビンドウバシニ寺院の見学に行った。市街中心地の狭い道路を集落の中の坂道を縫いながら登っていくと小高い丘の上の杜の下に小さな複合寺院があった。ここには殺伐神ドゥルゥガ、繁栄神ヴィシュヌクリシュナ神を祭る本殿が並んでいる。ここではドゥルゥガ神が信仰の対象である。ドゥルゥガ像が安置されている祠の正面では毎朝、カルガと称する生贄として鶏や山羊の首がはねられるので、石畳には血痕がこびりついていて生々しい。市街が一望出来てその眺めもよい。

     オールドバザールとT字型に交わるニューバザールも歩いてみたが、ここは人々で賑わっており活気に満ちていたが汚い町だとの印象は免れなかった。軒を接した建物群中に開けているバザールはイスラム諸国でよく見られるスークやバザールの雰囲気に似通うものがあり、人々の生活の匂いがぷんぷんと感じられた。また広い道路には背負ってきた野菜や果物等の農産物や籠に入った生きた鶏や淡水魚等を広げて商っている原始的形態の商人もいて、買い出しにきた現地の主婦達が地べたに座りこんで値段交渉をしている微笑ましい姿や、昔懐かしい竿秤で目方を計っている風景は見ていて飽きないものがあった。


    翌日早朝にホテルを出てペワ湖に向かった。ボートを浮かべて日の出とヒマラヤの山々を見るためである。湖に到着した時空は曇っており今日は駄目かなと諦めかけていた時、ゆっくりと動きだしていた雲の塊が大きく動いて、雪を被ったマチャプチュレ・右とアンナプルナサウス・左とが突然姿を現した。あさぼらけ時には白い山の姿が赤みを帯びて輝いている。それは実に感動的な一瞬であった。

     ペワ湖では一舟に5人宛が分乗して波の立たない静かな湖面に漕ぎ出した頃丁度日の出の時刻を迎えた。東の空が次第に赤味を増してきて真っ赤な太陽が弧から半円になり真円に形を変えていく刻々の変化はこれまた感動的であった遠くに姿を見せているマチャプチュレとアンナプルナサウスの白い山の姿は実に神々しく厳かであった。残念ながらエベレストは見えなかったが、これらの山々はまさに忽然として姿を現したという感じである。このような不思議とも思える現象を見て古代人は山に神を感じたとしてもその気持ちはよく判ると思った。

    【旅行時期】2001/03/09~2001/03/16
    【エリア】ネパール
    【テーマ】
    【投稿者】早島 潮

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