フィラデルフィア旅行記

アンマン市内観光(1)ローマ劇場では博物館も要チェック!(by 古代遺跡な旅デスクさん)

フィラデルフィア
ヨルダンの首都アンマンには、2世紀ごろに建てられた大きなローマ劇場があります。きれいに復元されていて、夏はここでコンサートを開いたりすることもあるそうです。ローマ時代、アンマンは大帝国の首都ローマと同じ「七つの丘」を持つ都「フィラデルフィア」として栄えていました。このローマ劇場では、そんな時代のアンマンをかいま見ることができます。

【旅行時期】2010/01/03~2010/01/11
【エリア】アンマン
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】古代遺跡な旅デスク

3回目のニューヨーク旅行(by しのさん)

フィラデルフィア
3年連続のニューヨーク旅行になりました、それとフィラデルフィアの日帰り旅行。宿泊先はドミトリー、今回の発見は今までのアメリカ旅行で一番美味しいデリを見つけたことです。
二ューヨークの他にシアトル、ロサンゼルスに行きました。
私はアメリカ旅行する時は3箇所回るようにします。今回の旅行費用を書きます、飛行機代福岡発140140円、ホテル代二ューヨークドミトリー7泊220ドル、シアトル3泊25323円、ロサンゼルス5泊42900円です。                    飛行機は往復全日空で、ユナイテッド航空のコードシェア便でした。

【旅行時期】2010/01/25~2010/02/10
【エリア】ニューヨーク
【テーマ】
【投稿者】しの

東海岸の旅 その9(by Mark & Risbeauさん)

フィラデルフィア
  • http://4travel.jp/traveler/marktanaka/album/10421415/
  • からつづく】

    5つの時間帯に跨る広い国土をもつ米国では、東岸で生放送した全国番組は一旦録画されて、西へ一時間帯を進むごとに1時間ずつずらして擬似生中継(テイプ・ディレイ)放送される。僕らがいつもロサンゼルスでNBC局の朝のワイドショウ「Today」を見るときも、実は3時間前にニューヨークで録画された内容をあたかもその瞬間起っていることのように、あえて錯覚しながら見ているのである。

    1952 年から続くトゥデイ・ショウは、同じ時間帯の他局の番組の追随を許さない圧倒的な人気番組だ。司会者たちが放送中頻繁にスタジオ前の広場に出てくるので、ニューヨークにいったら絶対生放送を見に行くぞ、と夫婦で固く決意していた。その約束を成就するため、ニューヨークでの最後の朝早く、スタジオのあるロックフェラー・プラザに向かったのである。

    スタジオ前広場では、僕らと同じ目的で全米から訪れた観光客でごった返していた。この朝はあいにく首都ワシントンからの特番で、りす坊のお目当ての好男子マット・ラウアーさんたちは街から出払っていたが、僕の密かなアイドルのナタリー・モラレスさん(補助アンカー)は留守を守っていてくれたので笑みが止まらない。彼女がスタジオの外に現れたとき、また10代が戻ってきたかのように、瞬間的に心拍数が跳ね上がるのを感じた。そして!なんと、僕らもついに全米ネットワークデビューしたのである。ほんの数秒だけだったけど。

    ロックフェラープラザの前で子供たちに愛想を振りまいていた騎馬警察の馬と記念撮影(お巡りさんも友情出演)させてもらうと、レンタカーをピックアップしてニューヨークを後にした。

    有料高速(ターンパイク)で南に2時間ほど走って、ペンシルベニア州最大の街、ロッキーのふるさとことフィラデルフィアに到着。時間がないので、ロッキー像はパスした。よく考えると、ロッキーはどれも最後まで見たことがない。

    1776年7月4日、13の英国植民地からの代表者が集い合衆国独立宣言書に署名した独立記念館(Independence Hall)が街の中心地にある。11年後合衆国憲法が批准されたのもこの建物だった。

    独立宣言署名の数日後、宣言書の公布のためフィラデルフィア市民がここに招集された。そのときに打ち鳴らされた鐘は、自由の鐘(Liberty Bell)と呼ばれ、いまでは記念館の前の広場に設けられたモダンな展示館で一般公開されている。アメリカの自由と独立の象徴とされる鐘の有名なひびは、さぞかし謂われのあるものに違いないと勝手に思っていたら、米国の独立とは全く無関係だそうだ。単に作りが粗雑だっただけのことらしい。

    軽いランチのあと、15年前に来たときと同様、あっ!という間のフィラデルフィア訪問を終えて次の目的地ワシントンまでの3時間の道のりに戻った。

  • http://4travel.jp/traveler/marktanaka/album/10430765/
  • につづく】

    【旅行時期】2008/06/13~2009/06/20
    【エリア】ニューヨーク
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】Mark & Risbeau

    ワシントンDC 雪の想い出(by Spaceglowさん)

    フィラデルフィア
    ニュースによると今週は雪で連邦政府職員はお休みのようだ。
    思い出すのは2005年2月から3月にかけて東海岸に旅行した時のことです。ニューヨーク市からワシントンDC、ニューヨーク州の州都オーバニー(Albany)4週間ほど滞在した。
    ニューヨーク市にいる間はそれほどの雪でもなかったが、ワシントンDCに移動の頃から雪が降り始めた。
    アメリカの鉄道に乗ったことがなかったのでアセラ・エクスプレス(Acela Express)を利用してみた。乗車券はホテルのコンシアージュで予約購入したので定刻に駅に行った、雪の為と云う事で1時間ほど待たされた。アメリカの鉄道やバスは治安が悪いという先入観があったのでビジネスクラスにした。車内は50%も乗っていなかったが、あちこちで携帯電話でスケジュールを調整している管理職の会話が聞こえていた。
    鉄道の沿線は古いアメリカの工業地帯を通り抜けていくので、ゴースト工場のような風景も見られ興味深かった。高速鉄道と云っても新幹線とは比べ物にならない。
    ワシントンDCに滞在中、フィラデルフィアでダリの特別展をやっていることが分かりアセラで行くことにした。この日は2時間以上遅れで待たされた。日本のように秒単位で正確に動く交通機関ではないし、遅れの状況のアナウンスもほとんど無い。セキュリティーの為待合室から出るのも面倒で、乗客もいらいらした様子もなく運命に任せている様子であった。
    オーバニーには飛行機を予約していたが、出発が危ぶまれたのでホテルのビジネスルームからインターネットで調べたらキャンセルになっていることが分かり、一泊延長した、翌日無事オーバニーに飛ぶことができた。
    帰路は、オーバニーから飛行機を予約していたが、雪の為キャンセルになり延期した。旅行では、国際線の安い航空券を探して買うようにしているが、帰りの便はいつも変更可能な航空券を、インターネットで変更手続きが可能であることを確認して購入している。ただ、このときは延期の日が週末に当たり、国際線の変更ができなかったので2日宿泊を延長した。滞在していたアパートメントホテルの名前が "Extend Stay America" 関係ないか?
    オーバニーからラガーディアまでは小型のターボジェット機、午前中に3便ほどのスケジュールであったが、結局最後の便だけに纏められ、4時間以上待たされた。
    冬の旅行ではよくあることで、決まったスケジュールでの旅行に慣れている日本人には忍耐がいる。
    長々と書きましたが、冬の個人旅行を考えている方の参考になればとの思いで書きました。



    【旅行時期】2005/02/13~2005/03/10
    【エリア】ワシントンD.C.
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】Spaceglow

    ヒューストン、テキサスそのもの(by bluebonnetさん)

    フィラデルフィア
    こちらヒューストン! 宇宙開発のテレビ放送で、日本にも知れ渡ったこの町は、西海岸のサンフランシスコ、ロスやフォア・コーナーズ・ステーツ(AZ、NM、UT、COの4州)、東海岸のボストン、フィラデルフィアの様にアメリカの文化、歴史や自然の観光地ではありません。

    しかし、ヒューストンの人たち(Houstonians)は、他州で、”Where’re you from?”と聞かれて、誇らしげに、”From Houston, Texas”と答えます。

    ヒューストンは、広大で、荒々しく、そして、暖かいテキサスそのものです。
    この町は、19世紀末までは、西に広がる牧畜と綿花で栄え、20世紀になって、石油開発とそれに関連する産業として、石油探査・掘削機器、石油精製、石油化学が隆盛、半ば以降には宇宙産業、現在は、先端技術産業に広がりを見せています。

    100万エーカーの広さを誇るKing Ranchに代表されるヒューストンの西、コーパス・クリスティ近くに広がる大牧場、そして、石油開発業者のマカーシー、彼がヒューストンに建てたシャムロック・ホテルは、ジャイアンツ」の作者(Edna Ferber) がモデルにしたといわれています。マカーシー役がジェームス・デーン。
    このホテルは、既に、取り壊されてしまったが、跡地はメディカルセンターが所有、パーキング・ビルだけが残っている。

    最高のドリリング・ビッツ(掘削刃)を開発したヒューズ・ツールの真摯な先代と比較される2代目、ハワード・ヒューズは、ヒューズ・エアクラフトや映画作成で、よく知られていますが、ヒューストンの一家の墓地に眠っています。

    ちなみに、現大統領、George Bushの父親の前大統領は、東部出身で、1948年、エール大学を卒業後すぐ、西テキサスのOdessaでオイル・ビジネスを始めました。現大統領も、エール大学卒業後、家業のオイル・ビジネスに加わっています。前大統領は、現在、ヒューストン一のVIPで、Minute Maid ParkのGrandstandの中央に指定席を持っておられようです。

    この旅行記は、‘70年代をヒューストンで暮らした家族、”Texans At Heart”(心のテキサス人)のセンチメンタル・ジャーニーです。

    この旅行は、ハリケーン、IKEの直後に当たり、町中、停電と信号機の破損で、フリーウェー以外は、ほとんど全部、臨時の4-Way Stopになり、大渋滞でした。
    一つの交差点で、1方、8、合計、30台あまりの車が、直進、右折、左折とも、先にストップした車から交差点を渡ります。クラクションを鳴らすこともなく、ゆったり、整然と進む様子に、困難な状態でも、温かさ、おおらかさを失わないHoustoniansに感慨を新たにしました。

    写真は、新しい高層ビル群の中に保存された歴史なライス・ホテルのビル、ダウンタウンのメイン・ストリートに面しています。この建物は、ライス大学を創立した綿花王、ライスのものでした。

    【旅行時期】2008/09/15~2008/09/19
    【エリア】ヒューストン
    【テーマ】家族・子連れ
    【投稿者】bluebonnet

    フィラデルフィアの画像